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<vol.46の要点>
株式会社アクロス 代表取締役 原田 健一 様インタビュー
※当メールマガジンは特色ある企業経営者にインタビューを行いビジネス成功の秘訣や、日々の仕事に役立てる情報などを紹介するメールマガジンです。
 売込み中心のメルマガが多い中、実際に役立つ情報をしっかりお届けしたいと考えております。是非、最後までお付き合い頂ければと存じます。

「COMIC BUSTER(コミックバスター)」というインターネットカフェをご存知でしょうか。
 日本全国に154店舗(2007年8月現在)を構え、数年で業界第2位まで成長したインターネットカフェチェーンです。
 今回はその「コミックバスター」を運営する株式会社アクロスの代表取締役 原田 健一様に起業の経緯と、現在のビジネスについてお話をうかがいました。
  前編では、原田様が株式会社アクロスを起業するに至った経緯を中心にご紹介いたします。

【前編】 株式会社アクロスの設立

■内向きな子どもだった少年時代

星野:まず原田様が起業にいたった経緯を教えていただけますか。

原田社長(以下原田):はい。もともと大学を中退し、本の卸売業で働いていまして、その後独立してレンタルビデオショップを始めたのが私の起業のきっかけになります。
  起業の経緯を詳しくお話いたしますと、まず少年時代にさかのぼります。
  少年時代から身体が大きかったこともあり、身体が大きいというだけでよくケンカを売られていました。
  もともと一人でいることが好きな子どもだったのですが、正義感というか負けん気が強くて、売られたケンカにも逃げなかったのです。
  しかしケンカはケンカですから、先生方からもあまり良く見られなくて、だんだん自分を卑下するようになっていってしまいました。
  よく「昔はワルかったんでしょう。」言われることがあるのですが、まったくそんなことはありません。当時はむしろ内向きな性格でした。
 そうした心境が一転したのが、高校時代です。大阪府内の工業高校に入学したのですが、そこで恩師と呼べる人に出会ったことで、人生の転機が訪れました。 その方は担任の先生で初めてクラスを持った方だったのですが、どの生徒にも平等に接してくれたのです。もちろん私にも平等に接してくれ、そこで初めて人に認められる嬉しさを感じることができました。
  この体験は、のちほど本の卸売業の会社で働いていたときにも、活きることになります。
 自分を認めてもらえる嬉しさから、先生の期待に答えたいと思い、内向きだった性格もどんどん前向きに変わっていきました。
  結局、生徒会の副会長を務めるまでになり、学校行事を大いに盛り上げました。  そうして、高校を卒業し意気揚々と大学に進学したのですが、実は半年で中退してしまったんです。
  はっきり言って、授業についていけなかったんです。特に数学はもう絶望的なほどわかりませんでした。 また高校の時に習った分野を大学でも教えていて、このまま大学にいても本当に意味があるのだろうかと悩み始めたのか理由です。
  悩んだあげく、その年の秋には井上書店という小さい本の卸業の会社に就職しました。 学校に戻る気もあったので、アルバイトのつもりだったのですが、正社員の給与があまりにも良かったので、学校を辞めて就職してしまいました。
  そして、この会社で起業のきっかけとなる第二の恩人に出会ったのです。

■第二の恩人との出会い

原田:ここでの仕事は性に合ったというか、とにかく面白かったんです。
  最初は本の納品が私の仕事で、本屋に配達に行くのですが、十代の若者ということもありお客様先ですごく可愛がられるんですよ。
  「新しい子が来たね。頑張り」って。
  そうして可愛がられながら、本を納品に行ったついでに別の商品なんかを勧めたりしたんです。そうして自然に注文がもらえるようになっていきました。
  本を納品しにいって注文をもらってくるもんですから、社長がだいぶ喜んでくれましたよ。
  この社長こそが第二の恩人なのですが、社長が喜んでくれることが、褒めてくれることが嬉しくて嬉しくて、どんどんと仕事にのめり込んで行きました。
 そうして入社3年後には20名の部下をかかえる営業部長になっていました。

  この社長が本当に良い方で、経営者にありがちな声を荒げるということがないのです。私と10歳も違わないのですが、社員を穏やかに諭しながら経営をされる方で、この人のためなら頑張りたいって、本当に思える方でした。
 そのため、営業部長であった私は社長と決めた目標数字を達成するために、ガムシャラに仕事に取り組みました。
  私は約束した数値は絶対やりとげるという気持ちが非常に強く、正直申しますと、目標の達成のためには、部下にだいぶきつくあたることもありました。
  「数字を達成するまで帰ってくるな!」という感じで。
  そのころの私は、ある意味その社長とは対照的なやり方だったと思います。 しかし営業をしているとお客さんから感謝してもらえたり、社長にも喜んでもらえる。そのためには厳しくあたってしまう。 当時の部下もそんな私の心情は分かっていたと思います。
  今の時代では通用しないやり方ですよね(笑)
  でも当時はそのくらい本当に本気でやっていました。

■退職、そしてレンタルビデオショップの開業

星野:そこからどのようにして起業にいたったのでしょうか。

原田:あれは、1982年の秋ごろです。
  恐らく大阪で初だと思うのですが、大阪の布施に、あるレンタルビデオショップができまして、どういったものなのか気になって見に行ったんです。見に行ったとたん、直感的に「これは儲かる!」と思いましたね。
  当時、レンタルビデオショップの入会金が1万円くらいで、一本3000円程度で貸し出していました。ビデオを購入すると一本あたり1万円くらいでしたから、3回そのビデオを借りてもらえれば、原価はすぐにペイできますよね。
  それを知った私はいてもたってもいられず社長を連れてそのレンタルビデオショップに行き、どうしてもうちでこれを扱いたいと言ったんです。
  しかし社長は「本とビデオは似て非なるものだから」と言って、扱ってくれませんでした。
  ですが、どうしてもやりたくて、自分の直感を信じ独立して自分でやりますと言ったんです。
  普通、社長からすれば「ちょっと待て」と言われることだと思いますが、その社長は「独立には資本金が必要だろう。」と言って、資本金を援助してくれようとしたのです。
 あまりに意外な返答に、正直「えっ」と思いましたよ。
 しかし、これ以上迷惑をかけたくないと思い、断ったのですが、退職時に通常では考えられないほどの退職金をくれたんです。
  本当に恩人としか呼べない社長です。そのお金をもとに起業をしたのですが、本当にその社長には感謝しきれません。

■社員が腱鞘炎になったレンタルビデオショップの運営

原田: こうして7年半勤めた会社を辞めて、起業しました。26歳の時でした。
  有限会社京阪奈という会社を設立し、最初のレンタルビデオショップは東大阪の小坂に構えました。20坪くらいのお店で最初は一人で運営していました。
  読みが当たったと言いますか、時流もあって創業期に資金面で死ぬほど困るということはなかったのですが、お店は本当に忙しかったです。レンタルビデオのパッケージの入れ替え作業を三日三晩行って、社員が腱鞘炎になったくらいですから。
 しかし前職の社長に無理を言って始めた事業ですから、とにかく一生懸命働きました。
 こうして次第にお店も軌道に乗り始めいくつか店舗展開を行った頃、自分でお店を持ちたいという人が増えてきたんです。
  じゃあ、手助けをしようということで、レンタルビデオショップの開業サポート支援業務をやりはじめたんです。
 この開業サポート支援はかなり引き合いがありまして、開業サポートをしたお店の数は100店舗はくだらないと思います。
 そして本来のレンタルビデオショップ運営とは業務を明確に分ける意味で、別会社を設立しました。
 これが、株式会社アクロスです。
 
  今思えばこの開業サポートの経験が、現在行っているインターネットカフェのフランチャイズ展開という業務に役立っているのだと思います。
 その後、レンタルビデオショップは過渡期に入り、レンタル料金はどんどんと値下がりを始め、資本がないと生き残れなくなってきていました。
  そうした中で、目をつけたのがこのインターネットカフェの運営になります。

■“PCつきのまんが喫茶”だったインターネットカフェ

原田:98年ごろからまんが喫茶に取り組み始めたのですが、当時はまだインターネットが定額制ではなかったため、まんが喫茶という形でした。
  成果もトントンといったところで、その時はあまり儲かるという印象は持っておりませんでした。
  しかし、NTTが常時接続可能な定額のデータ通信サービスを始めたことで、業界が一変しました。
  当時はまだISDNでしたが、それでも“PCつきのまんが喫茶”というインターネットが利用できるまんが喫茶というのは貴重でした。
  ISDNが提供された翌月にはそのサービスを始めましたから、かなり取り組みは早かったでしょうね。
  “PCつきのまんが喫茶”にしたことでまず変わったなと思ったのは、顧客層が違うということです。 これまでは一人で来る男性客が多かったのですが、“PCつきのまんが喫茶”にしたところカップルや女性客、外国人の方などが多くいらっしゃるようになったのです。
  これまで一人で誰も気にすることなく、くつろげるスペースって意外になかったんですよ。
  レンタルビデオショップの時と同じように「これはいける!」と思いましたね。
 そしてお客様がどんどんと増える中、より快適な環境を提供すべく徹底的に接客マニュアルを整備しました。 
  こうして自社の運営の店舗を出店していき、市場の成長性を確信した3〜4年前から、これまで行っていたインターネットカフェ以外の事業をすべてやめ、「コミックバスター」のフランチャイズ展開を本格的に注力しました。
 フランチャイズについては、のちほど詳しくお話いたしますが、店舗オーナー様の個性を重視するフランチャイズ展開と市場の成長もあり、数年で業界2位となる154店舗まで出店するにいたりました。

コミックバスター店内
          「コミックバスター店内」

 次回は何百人ものフランチャイズオーナー見てきた原田社長が語る伸びる人伸びない人、そして同じ店舗は一つもないと言われる「コミックバスター」のフランチャイズシステムと今後の展開についてご紹介いたします。

原田 健一(ハラダ ケンイチ)
株式会社アクロス 代表取締役社長
・設立 1995年6月
・資本金 1億8千万円
・売上 26億円(平成19年)
・提供サービス
 複合アミューズメントカフェ「コミックバスター」のフランチャイズ
・企業HP http://www.v-buster.co.jp/
・動画投稿サイト バスターTV http://www.bustertv.com/

【略歴】
・1982年 レンタルビデオショップ運営で独立。
・1995年 株式会社アクロス設立
・2000年 インターネットカフェ「コミックバスター」のフランチャイズ展開を本格化
 2007年8月現在で154店舗を展開。数年で業界2位まで押し上げる。



 このメルマガの原田社長のお写真を見ると威圧感を感じてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、 実際お会いしてみると終止笑顔の耐えない子どもの様な無邪気さを持ち続けている方でした。
 実は、私自身初対面の方とお話しするのはあまり得意ではないのですが、
話し方のテンポが良く、どんどん自分から話したいと思える雰囲気がありました。
 恐らく「コミックバスター」のフランチャイズオーナー様たちも、同じような気持ちになり、そして原田社長と一緒に働きたいと思われたのでは、と感じました。
 これは、これまで数百人もの店舗オーナーと接してきた原田社長の人間観察力がなせる技なのかもしれません。
  次回ご紹介するメルマガでは、その観察力から発見した「目標を達成する人間」についてもご紹介いたします。私の個人的な意見としては、次回のお話が好きです。
お楽しみに。


(星野)


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スターティア株式会社 ゴーズパーティー事務局 担当 星野
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