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【前編】
星野:御社では、社内報のコンサルティングを手がけているそうですが、
なぜ社内報を選ばれたのでしょうか。
福西社長(以下福西):私は株式会社ナナ・コーポレート・コミュニケーションの設立前は株式会社リクルートに勤めており、リクルートの社内報の創刊から長いこと編集担当をしていました。
当時は、主に総務・採用・秘書業務などを行っていたのですが、
ある日、新しく社内報を作ろうと創業者である江副さんが思いついて、
突然担当をやってみないかと言われたんです。
当時、リクルートにはプロのデザイナーやコピーライターの方が何名もいまして、なぜ編集の素人の私が担当なのだろうかと思って聞いたら、
江副さんに言われたのは、「プロの編集者に社内報をやらせようとは思っていない、あなたが社内報の担当としてふさわしいと思うのは、二つ理由がある」と言われました。
まず一点目が会社のことを良く知っているという点です。
長年、総務・採用・秘書業務などを行っておりましたので、
会社全体のことをよく知っているからという理由でした。
二つ目は社内の人間をよく知っているからと言われました。
この二つの理由だったらできるかなと思い、社内報を始めたわけです。
江副さんという方は人を使うのが非常にうまい方で、
ついついその気にさせられてしまうんですよ。
編集の技術的なこともわからず不安もあったのですが、江副さんに「1〜2号発行してみれば身につくよ」と言われて、そんなものかなと思ってスタートしたのです。
ですが、編集の技術力をつけるために仕事が終わったあと、職場のみんなには秘密でエディタースクールやマスコミ塾、デザイナーの学校などに通いました。
星野:社内報の担当になった時にまず何をされたのでしょうか。
福西:社員のことをよく知っているのが、私の長所だと言われましたので、
その長所を更に増やしていけば良いのではないかと思い、まず人事にリクルート社員の情報で差しさわりのないものを教えてくださいと言いに行ったのです。
そうしたら人事の方たちも協力してくれまして、いろいろな方の趣味などの周辺情報を教えてくれました。
もちろん給与だとか、大事な情報は聞いていませんが(笑)
そして当時まだリクルートは社員数が461名だったのですが、その461名すべての情報を丸暗記して、自分の中に人間情報を蓄積したのです。
この人間情報は非常に役に立って、例えば社内報の企画を考える時もこの人の趣味は登山で、奥さんの名前はなんと言う人でお子さんがいてということまで知っていましたから、面白い趣味のことを取り上げようと思ったら、あの人とあの人だとすぐに思いつくわけです。
今の時代でしたら個人情報の問題にあたるかもしれないですけれども(笑)
また会社ですれ違ったときに、その方に○○ちゃんは大きくなったでしょうね、というと、
向こうも気を許してくれて、更にいろいろな情報を提供してくれるということが起こってきたのです。
するとしだいに福西に聞けばなんでもわかるという雰囲気になってきて、いろいろな方から質問を受けたりもしました。
星野:社内報はどのくらいの頻度で発行されたのですか?
福西:社内報は20〜30ページの冊子で毎月発行していました。
社員の紹介や社内イベントなど、また会社への問題提起などを掲載しました。
企画から納品まで6年間は一人でやっていました。
江副さんには「社内報の仕事は毎日会社に来なくてもできるよ」と言われていたんですが、
とんでもない話で、1日に2日分くらい働かなくては終わらないくらいの仕事量でした。
あまりに長く会社で働いているので、警備員さんから「下宿代をもらおうかな」と言われたこともあります(笑)
星野:なかには辛口の記事もあったとうかがったのですが。
福西:はい。社内報というのは、良いことだけを書くのもそれはそれで良くて、編集も楽なのですが、そればかりですと読者が信用しなくなってしまうんですね。
トップダウンによる記事だろうと。
そうすると読まなくなってしまう。
しかし読まれなくては意味がないですから、読んでもらうために良いことを7割、3割は会社への問題提起という形にして発行しました。
会社の中で課題になっていることってありますよね、
例えば残業が多いとか、ちょっとこの制度の運用の仕方はおかしいなどのことをテーマにする。
また逆に一般社員の声をトップに伝えるというのも社内報の役割なのです。
一般社員がどういったことを考えながら日々働いているのかということを
経営者に伝えるために、あえて辛口の内容をとりあげたりしました。
そうしないと経営者も信用してくれませんからね。
社内の課題をテーマにみんなで議論をし合う場を作っていくのも役割だと思っていました。
星野:社内報で特にこだわった点はありますか。
福西:はい。
冊子ができたとき一般社員の方には普通に配布していましたが、警備の人やパートの方、運転手の方などには率先して自らの手で直接届けに行ったことです。
上の人たちだけではなくて、特に下で支えてくれている人を大事にしようと思っていたのです。
一見、地味に見える活動ですが、後々になってその積み重ねが大事なことだったなって思いました。
社内報だけでなく、普段の生活の中でも表に出てこない人って忘れがちになってしまうじゃないですか。
特にリクルートは営業の会社でしたから、よく売れる人たちは、リクルートの自社ビルの大きな柱は自分が建てたんだという人もいます(笑)
けれど例えば警備の方はそのようにはおっしゃらない訳です。
でも本当に目に見えないところで、夜も守ってくれている訳じゃないですか。
そういう人を忘れないようにしようと思ったんです。
そして自分たちの仕事を知ってもらおうと。
そうすると皆さんが非常に力になってくれて、企画に協力いただいたりいろいろと支えてくれました。
案外、そういった人たちの情報が面白かったりするんですよ。
星野:昔よりも企業において社員の個人主義化が進んでいると思うのですが、こうした状況の中での社内報の必要性について教えてください。
福西:やはり最近職場においても、個人主義的な風潮がありますが、
自分の時間は大切だと思っていても、かといって会社のことをまったく無視しているかと言うと別なんですね。
会社の状況や会社の方向などを知りたい気持ちもあるんですよ。
そういったことを社内報で取り上げれば確実に一人ひとりに伝わるじゃないですか。
企業の中で社内報以外にそういったメディアはないですからね。
webを利用した社内情報共有ツールもありますが、紙を利用したものというのは、
持ち運びが便利だったり、何度でもくりかえしじっくり読めるなどいろいろ便利なんですよ。
昼休みでも、電車の中でも、家でも、好きなときに好きなところで読めるんです。
Webを利用したものは、スピーディに情報を流すということに優れていると思います。
ただ例えばメール等で情報を連絡した場合、情報が流れっぱなしで終わってしまうということもあるじゃないですか。
紙ですと、それが形に残り財産にもなりますからね。
事実、私がリクルート時代に作った社内報の社員紹介の冊子は、掲載された人の結婚式や同窓会でも使っていただきました。
社内報は会社での個人の歴史が残っていますからね。
また私も同期でないのに彼らの同窓会に呼ばれたりすることもあるんですよ。
その時に、彼らが新入社員のころの社内報の記事を渡すとすごく受けが良かったです。
星野:お話の途中ですが、今回の配信はここまでとなります。
次号では、リクルート退社からナナ・コーポレート・コミュニケーション設立、そして今後の展望についてのお話を掲載いたします。
【略歴】
1971年 (株)リクルート 社内報『かもめ』創刊と同時に編集長に就任
1997年6月 社内報『かもめ』編集長を辞任
1997年7月 リクルートフェローとして(株)リクルートとコーポレート・コミュニケーターとしての契約を交わす。
同時に、(株)ナナ・コーポレート・コミュニケーションを設立。
社内報の企画編集など、企業内コミュニケーションの活性化をテーマに事業を展開。
1998年7月 企業のスタッフ部門向け市販誌『月刊総務』(1963年創刊)の出版元となり、同誌編集長に就任。現在に至る。
【近著作】

『冒険する社内報』
出版社名:日本経済新聞社
(ISBN:4-532-14807-3)
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