| 北村:御社の会社のコンセプトについて教えてください。
松井社長(以下松井):車、コンピューターが出始めのころ、まだ産業として成り立っていなかったころにどうやって事業を起こすことができたのかといえば、まず、それ自体が好きだったということがいえます。更に、技術がもたらすことにより人間の生活が進化していく様がビジョンとしてはっきりと見えていたということがあげらると思います。
同じように我々もロボットが新しい価値をもたらしてるれる存在だと考えて、新しく
事業を起こしていこうと考えました。
北村:ロボットに関する事業ということですが、具体的にどのような事業内容でしょうか?
松井:ただ、市場が成熟していないので需要がなく、単価も高くなってしまいます。
2001年に会社を設立して最初の5年くらいは世の中の状況とリンクしたかたちでロボット市場を切り開いていくことから初めていきたいと考えています。
例えば現在、ポージーというロボットを日本SGIさんと共同開発していますが、これは、たくさん量産することで1台あたりの生産コストを下げてたくさん販売していくという戦略をとらずに、ポージーを1台つくってそれがずっと進化していくというストーリーを作ったんですね。最初に何を作ったかということは我々が100年会社を続けていった時に問われることになりますので、1台だけを作り続けて、テクノロジーとは人のために存在するというコンセプトを表現していくということを目的としています。
現在は色々なタイプのコラボレーションといったかたちで、様々なプロジェクトに参加させているという、ちょっと変わったビジネスモデルを作り上げていっています。
例えば全日空さんのポスターで使われたり、ルイ・ヴィトンさんのお店のオープニングに行ったりそういった発想でプロダクトを売るというより、コンセプトを新しいヴィジョンにつなげていくといったかたちで、どちらかというとソフトウェアを販売している事業となっています。
このような戦略で、最初の事業を展開することは会社の知名度を上げる効果もあり、非常に良いスタートがきれたのかなと思います。今後会社が大きくなっても、ポージーは大事に育てていきたいと考えています。
北村:2005年2月のプレスリリースではマネキン型ロボット「Palette」を発表されてますね。
松井:現時点で人型ロボットは技術を駆使して作っていく割には、研究の段階を超えてないため、実際に生活の中で使われていくというレベルには、至っていません。
しかし、生活の中で何が足りないか、今あるロボットの技術で何ができるかということを考え方で生まれたのが、ショーウィンドウの中で活躍する、マネキンロボットです。
例えば車が生まれたことによって町並みそのものが変わっていったように、ある産業の革命が起きると環境が変わっていきますが、ロボットはまだ環境を変えるだけの説得力も実績もありません。
だから、現在は逆にロボットに仕事をする環境を与えてやるということが最大の仕事で、その場所の提供をするということが大事になってくという訳です。
マネキンは百年くらい前から存在していたのですが、ここになにかシステムを組み込んで動かしてみようという発想はありそうでなかったんですね。ここには最先端な技術が無くても安定した技術を盛り込む必要があります。そして人型であることに意味の無いものなので、プロジェクトとして成立すると考えました。これが引き金となって、現在はジュエリーを魅力的に見せるという上半身のロボットなども活躍しています。
更にただ動くというだけではなく、カメラを取り付けることにより、夜は警備員として
不審者がいれば携帯電話で知らせるといった働きをさせることができます。
こういった形で少しずつ世の中に役に立てるロボットを作っていっています。
北村:GQでも特集されていますが、御社は東京-北九州間の黒いユニークな飛行機のデザインも手がけられていますね。
松井:我々はロボット事業のほかに建築設計事業を行っていますが、ここでは他にも銀行のインテリア、美容室なども手がけています。
この2つの事業には関連性があり、電気、ガス、エアコン、インテリア等の中にロボットも生活をする上で欠かせないひとつのインフラとして存在するという未来を見越してのものです。
松井:我々も設立5年目で今後は更に様々なロボットを作っていきたいと考えていて、今をガレージでコンピュータを作っていた初期のアップルのように捉えています。
そして今後はこのロボット事業を世界的な産業にしていくということを目標に考えています。
北村:この事業を始めようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?
松井:我々の母体は国立の研究所だったんですが、日本では割とロボットは長い間研究されてきていたのでこれを産業に落とし込んでいかなければ、研究所で行われる知的なゲームで終わってしまうというのが情けない、といったことが始まりでした。科学技術というの世の中の役に立ち、還元されて初めて成果だと認識していますので、自分たちが会社を作ってそれを実践してみようというのが会社を立ち上げた主旨になります。
北村:建築とロボットの結びつきの取っ掛かりは何だったのでしょうか?
松井:もともとはロボットとは建築の中のひとつのシステムという捉え方をしているので、建築家の仕事だと思っています。
集合住宅の設計を行うと電気、通信といった概念とは密接に関わってくるんですが、機能性とそれを踏まえた上での建築物としての美しさとのバランスをとっていくということを考えていくと、そこにロボットがいることは自然なんです。建築家が家具をデザインするようなものです。
ルネッサンス時代の話をすると、ミケランジェロといえば、日本では画家のイメージが先行していますが、彼は建築家で、広場や教会をデザインしていく上でここに飾る為の絵や彫刻を制作しているというのが実情です。あくまでも人間の生活が単位となっていて、そこに必要なものを作り上げていくという考え方は、建築家の中では常識的な考え方です。
建築の仕事とはコアになるビジョンを持っていてオーケストラの指揮者のようなポジションでなければなりません。莫大な予算と長い年月、大勢の人を率いることができなければ、ちぐはぐとした統制がとれていない建築物となってしまうからです。
そのために非常に強く、シンプルなコンセプトが必要となっていきます。
ロボットを作るうえでも同じで、なぜここにロボットが存在する必要があるかを考えて、エンジニアやデザイナー、部品やねじを作る職人さんにまで、考え方を浸透していかなければ良い物はできません。
それは経営者としてもまったく同じですし、色々なことに当てはめられるということは建築を通して学んできたことですね。
北村:デザインというとビジネスと相反する芸術の分野だと思っていましたが、建築家とはそのバランスをとっていかないといけないということですね。
松井:そうですね。ただ、デザインは経営資源であるということが日本でもようやく浸透してきていると思います。高度成長期を過ぎて成熟した中で個人の価値観で物を選べる時代になってきた今、デザインに理解の無い経営は考えられないと思います。
そもそも、デザインとは表面の見た目というものではなく、設計と訳すべきだと考えています。
北村:松井社長の今後の展望についてお聞かせください。
松井:飛行機はボーイングかエアバスのどちらかのメーカーで作られていることがほとんどなんですが、この間フランスのトゥールーズに行ってきました。
すると、町がエアバスの町なんですね。この町で働いているひとが何かしら、エアバスに関わっているわけです。産業が町を作っているんです。豊田やメルセデス、シリコンバレーなんかもそうだと思いますけど。
町をしょって立つくらいの新しい産業がお金とパワーを生み出すことだと思いますので、このあたりも「ロボットの町」にすることができるように事業を展開していければと思っています。
北村:なるほど。本日はお忙しいところありがとうございました。
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